大判例

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福岡高等裁判所 昭和54年(ネ)470号 判決 1980年6月24日

控訴人

太田拓海

右訴訟代理人

原口貢

被控訴人

有限会社関東建設

右代表者

田中正俉

右訴訟代理人

安永沢太

安永宏

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり加えるほか、原判決事実摘示(原判決二枚目―記録一三丁―表四行目から原判決五枚目―記録一六丁―表一一行目まで。)と同一であるから、これを引用する。

一  被控訴代理人は、次のように述べた。

1  本件請求契約は、控訴人が入れた他の業者である横町、中島によつて昭和五二年三月一五日ころ残工事が完成されたことにより、終了した。

2  後記二2の控訴人主張事実のうち、本件工事未払金に対する遅延損害金の請求が信義則に反し権利の濫用として許されない旨を争い、その余の事実を否認する。

二  控訴代理人は、次のように述べた。

1  一1の被控訴人主張事実のうち、本件残工事が控訴人の入れた他の業者により昭和五二年三月一五日ころ完成したことを認める。

2  昭和五一年一一月二〇日以降の本件工事の中止は、次のとおり被控訴人の責にすべき事由による債務不履行であるから、被控訴人の本件工事未払金に対する遅延損害金の請求は信義則に反し権利の濫用として許されない。

(一)  被控訴人は、控訴人が本件建物を担保にして住宅金融公庫及び市中銀行から借り受ける融資金でもつて本件工事代金の支払いに充てる予定であることを熟知しながら、大工工事を終えて左官工事にかかつた昭和五一年一一月中旬ころ、残金四三〇万円を一括前払いしないかぎりは工事の続行にも登記手続にも応じられない旨強硬に主張し、同月二〇日ころ一方的に工事を中止した。

(二)  被控訴人は、その際、控訴人に対し「自分が工事を中止すれば、残工事を請け負う業者はいない。他の工事で中止したら、最後は相手方が泣きついてきた。」といつて、暗に前記四三〇万円の一括前払いを強要した。

(三)  被控訴人は、更にその際、被控訴人の資金援助者である田栗輝男の親戚の松尾礼三郎が常務取締役をしていた佐賀マツダ株式会社が控訴人の兄太田裕海の経営する武雄板金工場(控訴人も同工場に勤務。)の最大の顧客(右工場の同会社からの下請修理工事量は当時一か月平均九〇万円相当。)であることを利用し、控訴人に対し前記要求を容れなければ松尾常務取締役をして右工事への修理工事の発注を取りやめさせる旨放言し、控訴人の兄に甚大な損失が及ぶべきことを暗示して脅迫的言動に出ただけではなく、現実に本件工事中止と同時に右会社からの発注は皆無となつた。

三  証拠として、控訴代理人は、乙第三ないし第一四号証を提出し、当審における証人太田裕海及び控訴人の各供述を援用し、甲第二ないし第六号証、第八号証の一、二、第一〇号証の成立を認め、甲第七号証、第九号証の一ないし九七の成立は不知と述べ、被控訴代理人は、乙第三ないし第一四号証の成立は不知と述べた。

理由

一被控訴人が建築業を営むものであるところ、控訴人との間に請負金額、支払条件を除き被控訴人主張のような内容の本件工事請負契約を締結したこと、被控訴人が控訴人の要望で普通資材による見積りをしたこと、被控訴人が昭和五一年一一月二〇日本件工事の続行を一時見合わせたこと、本件残工事がその後控訴人の入れた他の業者により昭和五二年三月一五日ころ完成したこと、被控訴人が控訴人から昭和五一年九月一七日一五〇万円の、同年一一月五日二〇〇万円の各内払いを受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、本件請負契約の請負金額及びその支払条件につき判断するに、<証拠>を総合すると、当初請負代金は七八〇万円であつたが、その後ブロック積み工事等が代金九万円で追加されたこと、請負代金の支払条件は第一回目は契約締結の時、第二回目は住宅金融公庫による中間検査時、第三回目は建築建物についての所有権保存登記経由時、第四回目は市中銀行からのホームローンの融資時であつたことが認められ<る。>

三本件工事が中止されるに至つた経緯につき判断する。

被控訴人が控訴人の要望で普通資材による見積りをしたこと、被控訴人が昭和五一年一一月二〇日本件工事の続行を一時見合わせたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  被控訴人は、本件請負契約に基づき本件工事に着工したが、控訴人からしばしば小規模の工事変更の申出がなされ、その都度不満ながらも工事の変更をし、昭和五一年一一月ころには内装工事仕上げ、風呂タイル張り等の工事を残すだけとなつた。控訴人は、そのころ、床材に桜、天井板に栂などを使用することになつていたのに、被控訴人に対し、床材に桧、天井板に屋久杉など控訴人の指定する特級品を使用するよう指示し、更に台所のタイル張りについても完成後控訴人が気に入らない場合にはもう一度張り替えてもらいたいと要求した。

2  そこで、被控訴人は、そのような工事をすれば資材費、労賃が高くなり、既に予定額を六〇万円も超えていると告げたが、控訴人においてなおも当初の請負金額で前叙指示にかかる高級資材を使用して工事を完成してもらいたいと求めたので、被控訴人は、契約当初の資材を使つて工事をする旨答えた。このようなことがあつたため、被控訴人と控訴人は、互いに他方に対し不信感を募らせた。そのころ、控訴人が被控訴人の下請けをしていた古川設備と話し合つて風呂場に二人槽のホーロー製浴槽を設備してもらうことになつていたところ、被控訴人が1.5人槽のホーロー製浴槽を取り付けたことから、被控訴人と控訴人との対立は決定的となつた。被控訴人は、感情的となり控訴人の兄太田裕海に対し残金四三〇万円を控訴人に代つて支払つてもらいたい旨申し入れたが、これを断られたので、その場の勢いで太田裕海に対し「それでは工事をやめる。工事をやめたら、ほかに工事をする業者がいないから、控訴人が困ることになる。そうなると、登記もできなくなるし、住宅金融公庫からの融資も受けられなくなる。」と放言した。そして、被控訴人は、昭和五一年一一月二〇日本件工事の続行を一時見合わせた。

3  被控訴人は、その後太田裕海の経営にかかる武雄板金工場と取引関係にあつた佐賀マツダ株式会社の常務取締役松尾礼三郎などに依頼して控訴人及びその兄太田裕海と交渉してもらい事態の打開をはかろうとしたが、控訴人から当初の契約額よりも更に一五〇万円の値引きを要求されたので、控訴人との交渉の継続を断念した。右交渉決裂後、佐賀マツダ株式会社から武雄板金工場への自動車修理の注文は皆無となつた。

以上の事実を認めることができ、<証拠判断略>。

さすれば、本件工事の中止については被控訴人にも責められるべき点があつたけれども、右工事の中止は、主として控訴人の責に帰すべき事由に基因するものと認めるのが相当である。

四控訴人がその後他の業者を入れて昭和五二年三月一五日ころ本件残工事を完成させたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、控訴人は本件新築建物につき同年三月二二日表示登記を、同月二五日所有権保存登記をそれぞれ経由したことが認められる。

五<証拠>を総合すると、本件工事が中止されるまでに被控訴人が支出した金額は七六七万八六五八円であることが認められ<る。>

ところで、建物の建築工事請負契約において、建築工事の途中で注文者の責に帰すべき事由により請負人が工事の一時中止を余儀なくされ、注文者が残工事を第三者をして施工完成せしめた場合、右請負契約は目的の達成により終了することになるが、この場合、請負人がその請負にかかる工事をみずから完成しなくても、現に施工した工事に相応する報酬請求権を認め、かつ、それで足りるとするのが信義則にかない衡平であると解する。そして、その出来高に応じて支払いを命じることができる場合の支払われるべき金額は、それまでに当該工事に支出された金員であるということができるが、請負人の既支出分と出来高の占める割合とが一致しないような特段の事情がある場合には別の考慮をすることも必要と解するのが相当である。これを本件についてみるのに、前叙三、四で説示したとおり、本件請負契約における建物新築工事は、主として注文者である控訴人の責に帰すべき事由に基因して中止され、控訴人がその後に他の業者を入れて残工事を完成させたことにより終了しているから、請負人である被控訴人は、控訴人に対しその出来高に応じて報酬請求権を有すると認められるところ、原審における被控訴会社代表者田中正裕の供述によると、本件工事中止時の出来高の割合は八〇ないし八五パーセントと認められるので、前叙二で説示の本件請負金額七八九万円(追加工事額をも含む。)に右割合額を乗ずると、六三一万円ないし六七〇万円(万未満切り捨て)となる。そして、この種の供述が極めて大雑把であることを考慮しながら、前叙のとおり本件工事が中止されるまでに被控訴人の支出した金額が七六七万八六五八円であることも併せ考えると被控訴人が本件請負契約に基づく工事の中止を止むなくされた時点での出来高は、原審認定の六六三万円をもつて相当と認める。

六被控訴人が控訴人から本件請負工事代金のうち昭和五一年九月一七日に一五〇万円の、同年一一月五日に二〇〇万円の各支払いを受けたことは当事者間に争いがないから、被控訴人が控訴人に対して有する本件請負工事代金残額は三一三万円となる。

控訴人は、本件工事の中止が被控訴人の責に帰すべき事由に基因するから、被控訴人の本件請負工事代金残額に対する遅延損害金の請求は信義則に反し権利の濫用として許されない旨主張するけれども、本件工事が中止されるに至つた経緯は、前叙三で説示したとおりであつて、主として控訴人の責に帰すべき事由に基因するものと認められるから、被控訴人の右遅延損害金の請求が権利の濫用となるいわれはなく、控訴人の右主張は、援用することができない。

七してみると、控訴人は、被控訴人に対し本件請負工事代金残額三一三万円及びこれに対する本件請負契約終了の日の翌日である昭和五二年三月一六日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を免れないから、被控訴人の控訴人に対する請求中右の部分を正当として認容すべきである。

八よつて、右と同旨の原判決は結局相当であつて、本件控訴は、理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(園部秀信 辻忠雄 前川鉄郎)

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